東京G-LINE 1.0 - 東京2020大会の輸送運営計画へ向けたTDM推進計画の実験として

東京2020大会輸送運営計画では交通需要マネジメント(TDM)が必要不可欠

 

これまで、東京G-LINEの視点からその可能性と実行の意義、プロセスを語ってきたが、今度は東京2020大会の輸送運営計画の検討状況の視点から考察してみようと思う。

東京2020組織委員会の森喜朗会長は「東京2020大会の成功の鍵を握る重要な要素の一つは輸送運営計画である。」と言った。輸送は選手村と各会場を結ぶ区間等において業務が発生する。過去の大会においてはオリンピ ックパークが設けられるケースが多く、パーク内に一定数の会場が集中することによって輸送の面では利点があったと考えられるが、東京2020大会にはオリンピックパークがなく、会場の多くは朝夕の通勤時間帯をピークに交通が集中している地域にある。特に会場が集中する臨海部では、港湾施設に隣接していることから物流関係の車両通行が多く、大会の交通と交錯することが予想される。これら東京 2020 大会の特徴を踏まえ、輸送を円滑に実施するために、一般交通と調整を図る必要がある。としている。

そのため、組織委員会は東京都、国、経済界と共に早い段階から対策を検討すると共に、交通工学や物流等の学識経験者を中心とした専門家による検討会「交通技術検討会」を立ち上げた。平成30年1月に発表された「東京2020大会の交通マネジメントに関する提言(中間のまとめ)」によると、何も交通対策をせずに東京2020大会を迎えると、一般交通に大会車両が加わることで首都高の渋滞は現況の2倍近くまで悪化するとされた。このままでは都市活動、大会輸送ともに機能しなくなってしまうため対策を考える必要がある。その対策として示されたのが「交通需要マネジメント(TDM)」、「交通システムマネジメント(TSM)」、そして「公共交通輸送マネジメント」の3つである。TSMはリアルタイムで場所ごとの交通量を把握して、高速道路の出入り口を部分的に封鎖するなど、交通の需給関係を高度に管理するシステムであるが、基本的に全体の交通量が減った状態でしか機能しないため、全体の交通量を削減するTDMが道路では最も重要である。

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*出典:「東京2020大会の交通マネジメントに関する提言(中間のまとめ)」

TDMとは、交通需要を抑制、分散、平準化を目指すもので自動車利用者の協力が不可欠である。目標としては平日を休日と同程度の15%減にすることができれば、円滑な輸送が可能になると推定されている。(正確にはTDMによって全体交通量の10%減を実現させ、加えて局所的にさらにTDMを行うことによって、効率よく15%減を目指す。)都心の車種別利用割合を見ると、業務関連の乗用車が43%、貨物車が25%、タクシー(ハイヤー)が13%と大半が業務の交通であることがわかる。つまり、企業や物流業者の協力が必要不可欠であり、「働き方改革」などこれまでの慣習を見直すことが重要となる。

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*出典:「東京2020大会の交通マネジメントに関する提言(中間のまとめ)」

このTDMの実現には、東京2020大会に向けて交通量を大幅に削減する必要があることを利用者や企業に広く認識してもらうことと、具体的にどう削減するかという対策を早い段階で考えてもらう必要がある。つまり、来週からオリンピックが始まるので対応して下さいと言ってできるものではなく、時間をかけて広報活動をし、協力企業を増やすと共に具体策を試行錯誤で整理し、入念な事前準備・計画的取組が必要である。そのためには交通量削減のための対策メニューを作成し、それを実際に試行して課題点を洗い出す、そしてその課題点を元に対策メニューを修正し、また試行すると言ったPDCAサイクル(Plan, Do, Check, Act)を行う必要がある。

東京2020組織委員会は、輸送関係者間の意見調整を図るとともに、輸送方針の策定などを目的として「東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会 輸送連絡調整会議」を2015年7月30日(木)に設置し、これまでに6回の会議が行われている。その中で2017年6月5日に輸送運営計画V1が策定され、その中でも特に強調されているTDMに対して、4月TDM推進に向けた基本方針を発表、そこからTDM推進行動計画V1をまとめ、それを元にまず今年の夏に幾つかの試行検証が行われた。そして、今後はその結果を元に今年度末までにTDM推進行動計画V2を策定し、来年夏に試行検証。冬に修正し、それを本格実施する。そして、来年度末までに輸送運営計画V2をまとめ本番に備える。

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*出典:「TDM推進に向けた基本方針」


TDM推進計画の試行錯誤

 

ここで、組織委員会の考えているTDMの推進方法をもう少し詳しく見てみよう。東京2020組織委員会は東京都、国とともに、東京2020大会開催期間中における交通混雑緩和に向けたTDMの取り組みを、東京2020公認プログラムを活用しながら、2020TDM推進プロジェクトとして推進し、安全・円滑かつ効率的で信頼性の高い輸送と都市活動の安定との両立を目指すとしている。

まず企業の慣習を変えるために、企業や団体にセミナー等を通じて協力を求めると同時に具体的な対策を説明し、人・モノの移動を円滑にするために、①時差Bizやテレワークを積極的に利用、②配送の時期や時間帯を変更、③大会期間中に夏期休暇を取得などを奨励している。現時点では31団体、345社が協力を示している。

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*出典:「第6回東京圏輸送連絡調整会議資料」


TDM推進プロジェクトは時差Biz、テレワーク・デイズ、TOKYO働き方改革宣言企業、東京テレワーク推進センターなどのイベントや活動も積極的にサポートしている。例えば「時差Biz」は通勤のピーク時の出勤を避けるため、参加企業は社員にチーム内で業務に問題が出ない範囲で調整し合い、早番や遅番などフレキシブルに出勤時間を決めれる様に促している。現時点で936社参加しており、今後交通量の分散が期待される。また、テレワークは自宅から仕事できる様な環境を整備して、通勤者数を減らすことによって通勤交通だけでなく、業務の移動交通等も削減が見込まれる活動である。2017年、2018年と2020年の東京2020大会の開会式と同じ日程である7月24日+1日以上でテレワークの実施を促す「テレワーク・デイズ」を開催し、少しでもテレワークを取り入れる企業を増やそうとしていると同時に、その交通量に対する効果を検証している。2018年のテレワーク・デイズは1,682団体、302,471人が参加し、2017年に比べて約4.8倍参加人数が増えた。(目標は2,000団体、延べ10万人の参加)

しかし、それと同時に隅田川花火大会や神宮外苑花火大会などのイベント時に交通規制の認知度やそれによって行動の変化をしたか、という調査を行ったところ、実勢に変更した人は僅か11%であり、交通量の低減率は僅か数%であった。つまり、東京2020大会においても、その交通規制の認知度を高める必要があると同時に、行動変化の必要性を理解して頂くセミナーや相談会等の開催を促進する必要があるとされている。

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*出典:「第6回東京圏輸送連絡調整会議資料」


一番シンプルな輸送運営計画(都心環状線のORN化)を実験検証する


今回のオリンピック・ルート・ネットワーク(ORN)は都心環状線と湾岸線を中心に、そこから放射線を使っている。出入り口や様々な連結が複雑であり、かつ基本的に2車線しかない都心環状線において、オリンピック専用レーンをつくることは逆効果であるため、現時点ではどうしても一般車両と混ぜるしかないことになっている。

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*出典:「第5回東京圏輸送連絡調整会議資料」


しかし、大会関係者のセキュリティ面、事故等の不測の事態の対象などを考えると、それは理想的ではなく、不測の事態に対しては一部の出入り口を塞ぐなどして交通の流入量を調整するとあるが、それこそ混乱を呼び、必要以上に渋滞を巻き起こす危険性もあるだろう。

一番シンプルな輸送運営計画、それはやはり都心環状線をオリンピック専用道路(専用レーンではなく)とし、一般交通は中央環状と外郭環状を使うという、交通の住み分けをすることであろう。

かと言って現時点でいきなり都心環状線を封鎖すれば、平均約1日9万台の交通が周辺で大渋滞が起こしてしまうと予想されるし、これまでの様々なシミュレーションで否定されてきている。しかし、今回のようにTDMを推進し、全体の交通需要を大幅に削減した時点で封鎖したらどうなるか、という社会実験は未だやられたことはない。前回述べたように、様々な要素が複雑化する今日おいて、統計学に基づくシミュレーションは、その正確性が問われており、交通施策は社会実験を下に検証されるべきというのが世界の主流となりつつある。

だからこそ、現在行われているTDM推進計画を進め、一般交通量を減らしつつ、運送会社の協力を得ながら、一般道、もしくは中央環状線や外郭環状線を使ったルートへの変更を検討してもらい、都心環状線の封鎖が可能か、もしくはどういった影響が周辺にでるか、実験する価値はあるのではないだろうか?

以前も話した通り、都心環状線の交通量の61%は通過交通、都心3区に発着のいずれかを持つ交通が38%であり、都心3区内に発着両方を持つ交通はたったの1.6%である。つまり、61%は別のルートがあれば、必ずしも通る必要がなく、38%は放射線に乗る出入り口までのみ一般道を使えば、都心環状線がなくとも成り立つということである。また、以下の図式に見られるように近年の中央環状線や外郭環状線の完成で多くの選択肢が増えており、実際に多くの交通が別ルートを選択し始めているが、本来のポテンシャルを活かしきれていないのではないだろうか?というのも、いくら都心環状線を使わないルートがあるとしても、これまでの習慣として選んできたルートをいきなり変えるのは難しく、もし本当にルートの変更を促すのであれば、都心環状線を遮断する必要がある。つまり、水道管と同じで、そこにパイプが繋がっていればどうしても水は流れるものであり、流れを変えるためには、パイプを塞ぐ必要がある。

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*出典:「首都高速道路株式会社報道発表資料」(左)、「国土交通省関東地方整備局記者発表資料」(中、右)

 

また、もう一つ興味深かったデータとしては、圏央道内側で一律に車両を減らしたシミュレーションを行ったところ、高速道路の交通量は減りにくいという結果がでた。つまり、一般道路に大きなキャパシティーが生まれたとしても、高速道路を使う習慣のある人はそのまま高速道路を使ってしまうため、どこまで高速道路の交通量を減らせるかを検証するためには、一般道を優先的に選ばせる工夫が必要である。

TDM推進計画のPDCAイベントとして「東京G-LINE 1.0」を


これらを踏まえて、今年の夏のTDM推進イベントの実験の一つとして以下のようなことが考えられないだろうか。

「東京G-LINE 1.0」
①通常のTDM推進プログラムを行い、全体の交通量を減らした状態で都心環状線のみ通行料を倍にする。
②都心環状線の神田橋から江戸橋の1.8kmを通行止めにする。八重洲線とKK線への連結機能を保つことにより、C1の環状線機能は原則的には失わずに済む。ただし、貨物は八重洲線を通り抜けできない。
③通行止めにする神田橋から江戸橋の間を歩行者に開放し、様々なイベントやポップアップストアを集め、東京G-LINEの疑似体験「東京G-LINE 1.0」を演出する。
④TDM推進プログラムに参加した企業や団体は、「東京G-LINE 1.0」に名前が刻まれたり、ポップアップストアが出せたり、VIPイベントへの参加が可能になる。
⑤カープーリングやまとめ運送など、効率のいい自動車移動システムを提供し、交通量の絶対数を減少させるようなテクノロジーに対するコンペを開き、選ばれた企業は、この実験で実際にその効果を検証する。また同時に次世代型セグウェイのシェアシステムなど、新しく安全な移動テクノロジーに対するコンペも開き、選ばれた企業はその未来のモビリティシステムを「東京G-LINE 1.0」で検証することが可能になる。

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*ベース路線図:首都高速道路株式会社


①、②により、本当に都心環状線を利用する必要のある交通だけが残り、大半の通過交通を排除できることが予想される。TDM推進計画で働き方を変えようとしているのと同様に、都心環状線を通過していた交通に新しいルートを使わせ、これまでの輸送ルートの選択習慣に風穴を開けることができるのではないだろうか。

③は、このTDM推進計画の行きつく先として、東京の未来環境都市として生まれ変わった姿を疑似体験させ、その直接的なメリットを明確にする。単に東京2020大会の輸送運営計画をこなすためでなく、その先の未来のビジョンを明確にすることが、参加者のモチベーションを高め、ムーブメントが起こせるのではないだろうか。そして、④の特典により、企業や団体のCSRのイメージ戦略など具体的な営業の一部として位置付けることもできるようになる。
⑤は、現在ある交通手段に加え、未来のモビリティーの可能性を提示し、かつ単に企業や団体に協力の要請をするだけでなく、テクノロジーで抜本的に問題解決するようなアイディアを一般から集め、交通/移動手段のあり方から変えるようなテクノロジーの発見を目指す。

神田橋〜江戸橋区間は東京G-LINEの最初の実験場として最適

 

1. 距離が程よく、周辺も魅力が豊富
1.8kmとニューヨークのハイラインとほぼ同じ距離であり、歩いて30分程度と散歩に程よい距離である。日銀や大手街の高層ビル街、日本橋や室町の再開発を俯瞰しながら足元の隙間から日本橋自体も垣間見ることができる。

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*写真:Google Earth

2. 東京G-LINE 1.0へのアクセスを3箇所確保できる
このルートでは、以下の様に前後の自動車の出入り口、そして既存ネットワークへの連結を保ちつつ、「東京G-LINE 1.0」への人々のアクセスも神田橋、呉服橋、そして江戸橋と3箇所確保できる。勾配は少しキツイとしてもランプであるため、バリアフリーであり、 エレベーターや階段など余計な施設は必要ない。また、アクセスポイントも大手町、八重洲、日本橋/室町、と人々の主要動線と重なる。

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*ベース地図:首都高速道路株式会社


そして、奇しくも、これは現在地下化が検討されている部分と全く同じ部分である。

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*資料:国土交通省 首都高日本橋地下化検討会

 

「東京G-LINE 1.0」から世界を先導するレガシーへ


このようにTDM推進計画の一部として「東京G-LINE 1.0」のようなインパクトの強いイベントや「未来のモビリティーテクノロジーコンペ」を同時に行うことよって、認知度向上、協力機運の醸成、幅広い分野の人々を巻き込んだムーブメント化を引き起こすことができ、幅広い広報活動の展開も含めて、現在のTDM推進計画が目指している目標に対しても全てがプラスに働くのではないだろうか。

ムーブメントを起こすのであれば、TDMを推進する上で「あなたの協力がなければ交通がパンクするので、是非ご協力下さい。」というスタンスでなく、「あなたのご協力で東京が未来に向けてこんなに面白い街になり、様々な社会問題を解決します。そして、あなたが直接貢献できるチャンスを提供します。」というギブ・アンド・テイクが必要であろう。そのプラスの部分が見えることが大事であって、ムーブメントを起こすには、ポジティブでワクワクするようなイメージしやすいビジョンが必要なのではないだろうか。

この実験により、都心環状線の交通量と周辺高速道路、そして一般道路の交通量の変化を検証し、その後PDCAサイクルとして繰り返し実験。可能そうであれば、「東京G-LINE 2.0」として都心環状線全面通行止めを行い、その結果を踏まえて、東京2020大会において都心環状線をオリンピック・ルート・ネットワーク専用とし、その半分を「東京G-LINE 3.0」として世界に本格的に発表する、ということができれば、新しい都市のあり方、新しい持続可能都市、新しい交通手段、新しいライフスタイル、新しい働き方、全てにおいて後世に誇れるレガシーが残せるのではないだろうか。ここまで来れば、「東京G-LINE」は単なる公園ではなく未来都市を支えるインフラとなる。


IOCは、「スポーツ」「文化」に加え、「環境」をオリ ンピック精神の第三の柱とし、オリンピックにおける持続可能性の重視を明確化しており、同時に未来の都市に残すレガシーを整備することを推奨している。それに対して、現在東京2020大会の提案しているのは、公共交通機関を最大限活用しつつ、啓発活動の徹底によるエコドライブの推進等により、CO2 排出量削減に取組むこと、高い水準のユニバーサルデザインを推進すること、そして、働き方改革である。

未来に対する日本の取り組みを世界に発表するこの一大チャンスにおいて、東京2020大会のこの解答はあまりにも弱い。TDM推進活動などを通じて時差Bizやテレワークなど、新しい働き方を未来のライフスタイルとして定着さることをレガシーとして、これまでの戦後変わらなかった様々な慣習を見直すことで、より持続可能な社会の確立を目指しているとしているが、Weworkなどのシェアオフィスネットワークの躍進を見れば、世界的には既に当たり前になりつつあることに対して、やっと日本も動き出したようなものである。

1964年のレガシーである新幹線や高速道路は、その後急速に発展した高速鉄道網と車社会を先取りしたものであり、正に未来都市の誕生であり、世界はそれに驚愕した。東京2020大会においても、未来の都市のあり方を先取りした決定的なインパクトを持ったレガシーを考える必要があるのではないだろうか。


パリ協定で世界各国が二酸化炭素の排出量を減らすことを公約しているが、その数値を見てもいまいちピンと来ないのが正直なところだろう。しかし例えば、「東京は世界に先駆けて2040年までに都内の自動車交通量を半分にすると同時に、新しい未来のモビリティーのあり方、都市のあり方、ライフスタイルのあり方を提唱する。そのためのイノベーション、テクノロジー開発を国を持って支援する。」と発表し、「その象徴としてイノベーション特区の東京G-LINEを整備する。」ということができれば、これ以上ないインパクトと世界が驚くレガシーが残せ、世界が東京を後追いするようになるのではないだろうか。もう二度とないかもしれない、せっかくの東京2020大会、後世が誇れるレガシーを残せることを願っている。

東京オリンピック・パラリンピック ナイトマラソン@東京G-LINE

ストリートを取り戻せ - 社会実験プロセスを簡素化

 

これまで見て来たように、移動手段が多様化し人々の判断材料が複雑化する中、ストリートをクルマから人々にどのように解放するかを判断するに際して、統計的に現状データを分析することはより難しく、保守的に成らざるを得ない。もちろん、社会実験を行うことが最も的確ではあるが、通常社会実験を行うには手続きが煩雑であり、また必要以上にコストが掛かってしまい中々実施されずに来たというのも事実であろう。しかし同時に社会実験を行わない限り、成熟都市においては正確な判断はできない。ニューヨークではいち早くその事に気づき、マイケル・ブルンバーグ市長の下、交通局長のジャネット・サディック・カーンが主導となって、どのようにすれば社会実験が実施し易くなるかを検討し、結果次々と社会実験が行われ、ストリートは解放されていった。

www.jsadikkhan.com

彼女は社会実験を行うに際して、出来るだけその手続きを簡素化し、低コストのスキームを考え、実験が必要な箇所では次々を実験を行い、良いデータが出れば実行、悪いデータが出れば元に戻す、というくらい気軽に実験ができる環境を作ることを重視した。

そこで彼女が考えたのは「ペイント」であった。それぞの車道や交差点において、クルマの交通、自転車レーン、人々の溜まり空間の配置をデザインし、それぞれ別々の色でペイントするだけ、という非常に低コストで時間もかからない仕組みである。

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*(上:ビフォア、下:アフター)単純に道路の用途変換をペイントのみで実験し、機能しなければペイントを落とせばいいだけにする。(写真提供:NYCDOT Broadway: Greenlight for Midtown, 2009 | Flickr )


このようにして、彼女たちはマンハッタン中で社会実験を行い、結果特に問題になるような渋滞が生じなかっただけでなく、交通事故は減少し、周辺の商業の売上は上がり、自転車利用が増加、更には排気ガスの減少により環境が改善されることが証明されたのである。それを受けて現在は、道路上に60以上の公園(広場)が形成され、全長でおよそ400マイル(640キロメートル)もの自転車専用レーンのネットワークが実現したのである。

その中でも最も度肝を抜いたのが、「タイムズスクエアプラザ」の実現である。マンハッタンの中で一番忙しい道路の一つであるブロードウェイを42丁目から47丁目まで封鎖し、そこを10,000平方メートにも及ぶ広場にしてしまったのである。ここも同様、2009年にまずは社会実験として期間限定で閉鎖し、その結果、特に目立った渋滞が周辺で起きなかっただけでなく、歩行者の交通事故が40%減少、車の事故は15%減少、犯罪率も20%減少し、空気汚染は60%も改善が見られた。これらの実測データを下にニューヨーク市はこの施作を永続的に行うことを決断、2018年現在、常設としてこの広場は綺麗にデザインし直され、整備されたのである。このことによって、毎日約33万人が訪れるタイムズスクエア の安全が確保されただけでなく、コミュニティーの中心として年間およそ350ものイベントが開催されるようになった。様々なパフォーマンスの為に、各所に電源までもが用意されていることも興味深い。

www.wired.com

ストックホルム - 社会実験後、人々の賛否までもが逆転

 

ストックホルムは複数の島々でできている街であるため、橋が多く、物理的に限られた道路しか造れないため、渋滞は常に都市活動における問題であった。そこで、2006年、実験的に7ヶ月間、各道路の市内に入る箇所でラッシュアワーは2ユーロ、日中は1ユーロ(夜間は無料)課金することにした。するとどうだろうか?必要な交通以外は自然といなくなり、突如として交通量は20%も減少した。20%と言うと、そこまで変わっていないような印象を受けるが、これだけ交通量が減ると渋滞はほとんど感じられない程スムーズに流れるようになったのである。そして、7ヶ月後、実験期間終了と共にこの課金制度を撤廃すると、嘘のように車が戻ってきてまた渋滞が発生したのである。

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*通行料を課金したその日に交通量が20%も激減し、渋滞は消え去った。(写真提供:ストックホルム交通局 Jonas Eliasson


ここで一番興味深いのは、この実験を受け、実験開始当初は反対派が70%近くいたのが、実験後には50%以上が賛成派にまわり、住民投票の結果この課金システムは永続的に施行されることになったのである。そして、その後賛成派はその後更に増え続け、結果として70%近くが賛成派となったのである。

つまり、社会実験は何も交通量の実測データを取るだけでなく、人々の心情の変化をも促すことができ、反対派を賛成派にまわすきっかけともなり得るものなのである。

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 *社会実験開始時にいた70%の反対派が実験後には賛成に転じ、永続施作後、賛成は70%まで伸びた。
(資料提供:ストックホルム交通局 Jonas Eliasson

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* 交通量も社会実験終了後にまた元に戻りかけたが、2007年に課金システムが常設化すると、また実験中の数値に戻り、そのまま一定化した。(資料提供:ストックホルム交通局 Jonas Eliasson

 

東京オリンピック・パラリンピック ナイトマラソン@東京G-LINE

 

では、都心環状線をクルマから解放する東京G-LINEの社会実験はどうすればいいのだろうか?これ程の規模の社会実験を行うにはそれなりの大義名分が必要であるし、社会実験中のメリットも演出する必要がある。今の東京にはそれがある。2020年「東京オリンピック・パラリンピック」である。

マラソンは都心環状線を走らせ、東京G-LINEの疑似体験で来客をおもてなし。 

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* (左)東京オリンピックナイトマラソン(中)東京G-LINE疑似体験/オリンピック関係車両専用道路(右)東京G-LINEマスタープラン(加工前写真提供:Sandro Bisaro | Flickr

 

都心環状線は東京の要所を繋ぐように走っている。つまり、そこをマラソンで走ると、その中継はマラソンのバックに「東京の魅力が俯瞰できるような映像」が世界に配信されるのである。また、日本の真夏の異常な暑さと湿度から、サマータイムを導入することによって、開催時間を早めて対策するという議論がされているが、恐らく今懸念されている日本の暑さは1時間早めるとかいう次元の問題ではなく、ナイトマラソンにするくらいの対策が必要であろう。日没後の涼しい時間、ナイトマラソンにすることによって、選手に走りやすい環境を提供するだけでなく、そのバックに東京の夜景を映し出すこともできるようになる。こんなセットアップは未だ嘗てなく、新しいオリンピック映像を世界へ発信することができ、ナイトマラソンにする意義を説明できる。

この都心環状線の一時封鎖は何もマラソンに限る必要はなく、選手や関係者、物資などの安全かつスムーズな輸送対策として、オリンピック・パラリンピック開催中は関係車両以外進入禁止にするメリットも大きいだろう。また、同時に外回りは関係車両、内回りは観光地として歩行者や自転車に解放し、東京を新しい角度から観られるようにするだけでなく、ポップアップストアや様々なイベント等を誘致して、唯一無二の体験を世界中からくる人々に「おもてなし」することもできる。

「都心環状線で何をするの?」とパッと思い付かないかも知れないが、アイディアの募集を一般に投げかければ、直ぐに面白いアイディアが集まるであろう。例えば、ニューヨークでは、ニューヨーク市が主催で毎年夏にサマーストリートといって、マンハッタンの中心軸を走る主要道路「パークアベニュー」を約11.2kmに渡り人々に解放するイベントが開かれる。その際には単なる歩行者天国にならないように予め様々なイベントを募集し、通りの各所で多様なイベントが体験できるようになっている。その中には巨大ウォータースライダーを金融街のど真ん中に設置し、みんなが水着を来てマンハッタンを滑り倒すというイベントすらあり、毎年多くの人々で賑わっている。

inhabitat.com

日本で歩行者天国というと、銀座や新宿の歩行者天国が連想されるが、暑い中、ただ単にクルマを止めて自由に歩いて下さい、と言ったところでそのメリットはたかが知れている。そうではなく、このサマーストリートのように「普段街中で想像もできないようなことが都心環状線で経験できます!」というイベントの誘致も含めて開催することにより、人々に特別な体験を提供できるだけでなく、スポンサーも説得しやすくなるであろう。都心環状線を水着で滑降できると聞いたら、是非行ってみたい。

2020年のオリンピック・パラリンピックの開催に向けて気運を高めるために、東京都のアーツカウンシル東京がTokyo Tokyo Festivalというイベントの開催を発表し、参画したい企画を一般募集していたが、例えばそれらが全て都心環状線を一周する間に体験できる、というようなことができれば、より相乗効果が生まれ、多くの人々を巻き込んだイベントにすることが可能であろう。

このように東京オリンピック・パラリンピックを絡めることにより、都心環状線を止めるメリットと費用(スポンサー等)を創出し、オリンピック・パラリンピック期間中の輸送問題を解決、そして同時に社会実験として周辺交通へ与える影響のデータを取集することが可能になる。また、同時にこれらのイベントによって、東京G-LINEの疑似体験も演出することが可能になり、交通データだけでなく、世論としての意識調査も可能になる。


そして、それと同時に東京G-LINEのマスタープランを発表し、その実現に向けた社会実験でもあるということを世界に発信すれば、「東京は本気で変わる気だ」という認識が広まり、投資も含めた東京への注目が改めて集まるであろう。

オリンピックのレガシーとは?

 

オリンピックはレガシーが大事というが、レガシーとは何であろうか?国際オリンピック委員会(IOC)の示すオリンピック憲章によると、「オリンピック競技大会のよい遺産(レガシー)を、開催都市ならびに開催国に残すことを推進する。レガシーとは長期にわたる特にポジティブな影響であり、各種の施設やインフラの整備、スポーツ振興等を通じて、スポーツ、社会、環境、都市、経済の5分野において持続的な効果をもたらすものである。」とされている。

 

つまり、レガシーとはオリンピック後も使えるスタジアムを造ることだけではなく、オリンピックを開催することをきっかけにスポーツに限らない後世に必要なインフラを造ることである。一番分かり易い事例は1964年の東京オリンピックであろう。

1964年の東京オリンピックでは、日本は不可能を可能とし、世界へ日本の本気を知らしめた。それはお祭り事ではなく、その後の日本の発展を支える基盤づくりであった。

 

1964年の東京オリンピックでは、日本中がオリンピック開催を喜び、これを日本がもう一度世界に返り咲くチャンスと捉えていた。そのため、世界中を驚かせる技術とスピードで、高速道路や新幹線、東京モノレールなどを開通させたのである。高速道路が高密度な都市の中をすり抜けていく様は未来都市と言われ、それを僅か数年で成し遂げた日本の覚悟と土木技術の高さは世界中で注目された。つまり、東京オリンピックを滞りなく開催することは元より、それに合わせてその後日本の高度経済成長の基盤を「レガシー」として造り上げたのである。

 

www.projectdesign.jp

つまり、「レガシー」とはそれ程のものであり、逆にそれ程のものでなければオリンピックを開催する負担と比べて吊り合わないのではないだろうか?
奇しくも1964年のオリンピックのレガシーとして造られたのが、都心環状線である。その都心環状線を今度は、2020年のオリンピックのレガシーとして、21世紀の時代に合わせて用途転換され、新しく覚醒する。それが「東京G-LINE」である。

東京オリンピック2020のレガシー・東京G-LINE

 

近年東京オリンピック開催に対して、ただ予算だけが莫大に膨れ上がっているニュースばかりが取りざたされ、その開催を通じて、その後の東京そして日本がどのように好転するのか、というビジョンを誰も明確に示さないため、様々な反対意見がばかりが助長されてしまっている。東京G-LINEを一例として、こういった明確な未来へ向けた価値の創造、「レガシー」をビジョンとして明示することが今の東京には必要である。東京G-LINEはこの都心環状線だけに留まらず、その哲学の成功を基にすれば、様々な地方都市においても今後の街づくりの道筋を示すことができるであろう。

 

世界中が高齢化社会へ向けた変化に直面しつつも都市の構造自体を変えきれていない。日本が先陣を切って実行し世界に成功体験を証明できれば、日本が世界の先例となる。
 

日本は先進国で最初の高齢化社会に直面しており、そのことにどう対処するか世界中が注目している。その解決の一つに、既存の都市をどう時代に合わせてアップデートし、無駄なくコンパクトに生活し、かつ、そのクオリティーも最上級にできるか、ということがある。

 
「東京G-LINE」にはその問題解決へのポテンシャルがあり、今正にその社会実験を行うきっかけとなる東京オリンピック・パラリンピックが開催されようとしている。社会実験を行い、どうしても問題が生じれば元に戻せばいい。それだけのことである。今ほど条件の揃っているタイミングはない。

 

単に難しいと否定するのではなく、今こそ、このくらいの覚悟を決めなければ日本はこのまま、ゆっくりと沈んでいくだけではないだろうか。難しい覚悟ではあるが、「ポジティブな覚悟」からはあらゆる創造性が生まれる。

「どうしてできないか」ではなく、「どうすればできるか」を考える建設的な議論を巻き起こす起爆剤として、このブログが一助となればこの上なく嬉しく思う。そして「わくわくする未来」を皆様と一緒に創造していけることを楽しみにしている。

都心環状線の必要性 - フィル・グッドウィンの消えた交通理論

近未来の自動車交通の変化を見越した都心環状線の高速道路網としての必要性の検証


東京G-LINEを実現させる上で根幹となる議論は、やはり都心環状線の高速道路網としての必要性である。都心環状線は本当になくなっても大丈夫なのだろうか?現在の都心環状線の交通量が、そのまま周辺道路へと移動し、結果大渋滞を引き起こして、道路網が機能しなくなるのではないか?という疑問が出てくるのは自然なことである。

これまでも様々な交通需要予測が行われており、一般道でその交通量を捌くのは難しいのではないか、と言う検証は多く見ることができる。しかし、周辺の環状線が次々と完成していることに加えて、テクノロジーの発展により現在、劇的に変化しつつある自動車交通をも考慮した場合、単純に都心環状線の現在の交通量がそのまま固定して存在し続けるという前提条件を改めて見直す必要があるのではないだろうか。

特に竹橋から江戸橋までの高速道路の地下化の話を見た際には、その完成までに20年かかることが予想されており、その投資価値を判断する上で、「20年後」に都心環状線の需要がどの程度あるのか、と言うことをしっかりと議論するべきである。

フィル・グッドウィン教授の「消えた交通理論」

 

そもそも現状の実測や統計的分析、既存の交通モデルを下にした交通需要予測に対する正確性に疑問を呈する専門家も多くいる。ロンドン大学のフィル・グッドウィン教授は、サリー・ケイルンズとステファン・アトキンズと共に2002年、「消えた交通」という論文を発表した。実際に11カ国70もの事例を調査し、事前の予測と事後の実測データの比較を200人以上の交通の専門家からの意見をも交えてまとめたのである。

https://nacto.org/wp-content/uploads/2015/04/disappearing_traffic_cairns.pdf

この論文では、バスレーンや自転車専用レーンの導入など人為的な交通施作から災害による道路の封鎖などの影響まで多様な事例から、ある道路で捌けなくなった通常の交通量が周辺道路に与えた影響を実測データを下に分析している。その事例の一つに阪神淡路大震災による高速道路の被害も含まれている。その結論として、彼らは以下の3つにまとめている。

1) 専門家の現状データを下にした統計的分析による周辺道路への交通の影響の予測に比べて、事後の実測データは大幅に影響が少なかったという場合が大半であった。
2) 交通の総量が大幅に減少する傾向も多く見られた。
3) 通常の交通需要予測に使われる交通モデルに対して、道路になんらかの制約が出た際に人々が実際にとる行動パターンの変化はもっと複雑な仕組みで決定されている。

彼らの調査によると、何か交通規制が導入されると平均して11%の交通が「消える」ということを示している。

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*ストックホルムの社会実験。通行料を課金し始めた当日に20%の交通量が「消えた」。(2006年1月2日(左)と課金を始めた2006年1月3日(右)の同じ場所の様子。20%の交通量が減ったと報告されている。写真提供: Jonas Eliasson氏 ストックホルム交通局ディレクター)

それでは、この「消えた11%」はどこへ行ってしまったのだろうか?それは、人々は毎日様々な選択を状況に応じて行っており、ある道路の交通状況の変化が作用して運転する時間帯を変えたり、運転の仕方を変えたり、公共交通など別の移動手段を利用したりという判断を無意識に行なっており、それが結果として11%の交通量の減少へと繋がったと考えられている。つまり無意識であるため、アンケートを取っても、明確に誰が行動パターンを変えたかは分からない場合が多いと言うのも興味深い。

こういった事例の代表例にサンフランシスコのエンバカデーロがある。エンバカデーロには以前水辺に沿って2階建高速道路があり、その存在が街を水辺から分断していると撤去を求める声が多かったが、専門家による分析では必要不可欠な交通インフラとされていた。ところが、1989年のロマ・プリエタ地震によって高架橋が崩壊した際に、それまでに高速道路がなくては交通が麻痺すると言われていたにも関わらず、実施には周辺の交通には然程大きな交通渋滞は見られなかったのである。そして、高速道路は撤去され、現在は美しい並木道になっている。

linearcityproject.blogspot.com

vimeo.com

つまり、交通には人々の心理が大きく作用しており、単純に交通量保存の法則が成り立つ訳ではない。そのため、交通需要予測をする際にはどうしても保守的になってしまうが、現実はそこまで悲観的ではないことが多いのである。

更に近年東京を取り巻く交通環境が、この都心環状線への依存度をさらに低下させるように作用している。その内容を順番に一つずつ見ていこう。
 

都心環状線は都市計画的に計算されたものではない!?

 

通常、都市の環状線のあり方を計画する上で、その大きさや放射線との連結は戦略的に考えられるべきである。しかし、都心環状線の半径は世界の他都市と比べても極端に小さく、車線数も少ない。いったい何故であろうか?
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その理由の一つは、東京で高速道路が最初につくられた時の経緯にある。最初の高速道路建設当初、最優先課題は1964年の東京オリンピックまでに羽田空港から各オリンピック会場までに関係者をスムーズに移動するルートを確保することであった。その課題を数年で実現するために、築地川、日本橋川等、用地買収を必要としない土地を利用するルートが確定したのである。そして、この初期ルートが基礎となり、1967年に都心環状線は現在のルートで完成したのである。つまり、この都心環状線の大きさはその立地と時間的制約条件の中で確定したものであり、綿密な都市計画的な交通システムに基づく計算でデザインされたものとは言い難い。

www.shutoko.jp

3環状9放射ネットワーク構想の実現 - 都心環状線ありきの先入観からの解放

 

そのような都心環状線に比べて、1963年、首都圏の道路交通の骨格として戦略的に計画されたのが、3環状9放射のネットワークである。中央環状線、外郭環状線、圏央道の3環状、そして東京湾岸道路、第三京浜道路、東名高速道路、中央自動車道、関越自動車道、東北自動車道、常磐自動車道、東関東自動車道、京葉道路の9放射である。
9放射は比較的早く整備されたが環状線の整備は難航し、その結果、都心環状線は唯一の環状線として必要不可欠なものとして利用されてきた。そのため、都心に用事のない交通までもが都心環状線に集中し、慢性的な渋滞を発生させているのである。現に都心環状線の交通の6割以上が通過交通であると言う調査結果が出ている。


しかし、2015年、遂に中央環状線が一周完成すると、2018年6月には外郭環状線の東ルート千葉区間が完成、圏央道も着々と整備が進み全体の8割近くが完成した。これらの環状道路と放射線道路のネットワークが確立していくことによって、これまで都心環状線を通っていた交通体系も大きな変化を見せ始めている。中には都心環状線の一部が別ルートを選択できるようになったことによって、渋滞が3割も減少したという報告も国交省から出されていたり、羽田や大井埠頭から中央道方面の貨物輸送の約8割が中央環状線を利用するようになり、都心環状線を通るルートを選ぶ交通が大きく減ったことなどが報告されている。

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3環状(圏央道・外環・中央環状)「東京を変える道路・首都圏を変える道路」 

整備効果(渋滞緩和)|3環状

http://www.metro.tokyo.jp/INET/CHOUSA/2015/11/DATA/60pbc100.pdf

また外郭環状線の千葉区間(三郷南〜高谷間)が開通し東ループが完成したことにより、今度は中央環状の東側の交通が1割も減少したことが報告され、外郭環状線が中央環状線の交通をサポートする役割を果たすことが証明されたのである。

http://www.ktr.mlit.go.jp/ktr_content/content/000703561.pdf

 

都心環状線の交通の実態 - 都心環状線の撤去も検討されていた

 

東京と言えば朝夕の通勤・通学ラッシュが頭に浮かぶ。大半の人々は郊外に住み、毎朝駅員が人々を電車に押し込む姿は、世界の度肝を抜いている。同様、高速道路も多くの自動車が通勤でごった返しているのであろうか?国交省で2012年に開かれた「首都高速の再生に関する有識者会議」の報告書によると、 

http://www.mlit.go.jp/road/ir/ir-council/syutokou/pdf/19.pdf

- 通勤、通学の8割は公共交通が支えており、自動車の利用は4%〜8%である。

- 都心環状線における交通量の内;
  > 都心3区を通過する交通: 61%
  > 都心3区に目的地、出発地を持つ交通: 38%
  > 都心3区内発着の交通: 1.6%

- 都心環状線の交通の約80%は業務目的(乗用車43%、タクシー12%、貨物25%)

つまり、通勤のラッシュはさほど関係なく、各放射線高速道路を繋ぐ環状線が唯一都心環状線しかないがために、必ずしも都心に目的地のない交通が多く、都心3区内で環状線として利用している交通は殆どないことが分かる。その反面、都心10km圏内の交通を見ると、その内8割は圏内交通であることが分かる。つまり、その一回り小さい半径7.5kmの中央環状線は理に適った大きさである。

以上のことから、この有識者会議においても、「環状線が整備されれば都心環状線を単純撤去したとしても交通を処理することができる可能性はある」としている。同時に一般道への負荷を検討する必要があるともしているが、2012年時点でその他の環状線がまだ一つも完成していなかったことから、直接的な検証はできていない。

http://www.mlit.go.jp/road/ir/ir-council/syutokou/teigen/t02.pdf

 

有識者会議での単純撤去案の否定項目は東京G-LINEで克服できる

 

単純撤去案の否定項目として、一般道への負荷対策以外に以下のものが挙げられている。

1. 災害時の支援ネットワークの悪化

2. 撤去費のコスト

3. 都市再生プロジェクトとの連携の可能性は一部のみ

しかし、先述した様に東京G-LINE構想であれば、これらの要素は全て解消どころかプラスに転じさせることができる。

1. 都心環状線が災害支援車両の専用ネットワークとして活用できる。

2. 物理的な撤去は原則しない(日本橋上空のみ撤去)。公園への改装費など劇的な環境改善費が主要コスト

3. 都市再生プロジェクトとの連携効果は絶大

20年後の交通の絶対量

 

今後ますます都心居住が増えていく中、特に若者の車の所有率は減少している。その理由として、車の所有にかかる費用だけでなく、公共交通が十二分に発展した東京において、車で移動する必要がないからである。現時点でも東京23区での世帯あたりの自家用車の保有率は0.4と全国平均1.1の半分以下であり、そのうちの7割近くが平日使用されていないのである。今のミレニアル世代以降が主流となる20年後には、この傾向はより強くなっていると予想される。

www.businessinsider.jp

テクノロジーにより、流しのタクシーや空車の貨物がなくなる

 

この様に、高速道路網としてネットワークが年々強化されていく中、都心環状線の必要性が薄れていくであろう。しかし、そうだとしても都心環状線を廃止にした場合、現状の交通量がそのまま一般道に降りてくることはないとしても、やはり、その一般道への影響は考える必要がある。

一般道の混雑の原因の一つとして、流しのタクシーや空車の貨物(業務用乗用車含む)の存在は大きい。基本的にタクシーはお客様を乗せていようが、乗せていなかろうがずっと走っている必要があり、ランダムに待つお客様を見つけて拾うために大幅に無駄な交通量の増加を招いている。
しかし、近年急速に発展するテクノロージーとビッグデータにより、リアルタイムに需要量と発生場所を察知し、効率よく供給するシステムが確立されてきており、そのことによって流しのタクシーを減らすだけでなく同じ行き先のお客様をまとめて乗せるなど、無駄を排除することができる。

ここで一つ大事なことは、ウーバーを導入すればいいということではない。確かにこの様なテクノロジーの最先端としてウーバーがあるが、逆にリクエスト待ちのウーバーが街を徘徊して交通量を増やしてしまっては本末転倒である。ポイントは命題を「タクシーの台数を減らすこと」と設定し、テクノロジー、ビッグデータを駆使して必要最少限台数を割り出すことである。そのことにより、人口減少によるドライバー不足も解決し、かつ交通量を大幅に減らすことができる。

同様の動きは貨物でも生じ始めており、空車で走る貨物を最少限にするために、物を運んで欲しい企業と物を運びたい貨物をマッチングさせ、効率よく物品のピックアップと配送を行うシステムが拡大してきている。このことにより、同様、ドライバー不足解消と貨物の交通量も減少が見込まれる。

更に多様化する公共交通 - シティーバイク/バード

 

近年世界中で公共交通の定義自体が変わろうとしている。これまで公共交通と言えば電車やバス等であったが、近年ではテクノロジーの進化によって都心を中心に自転車や電動キックボードなど短距離移動をこなす新しい移動手段をみんなで共有するというシステムが導入されてきている。例えばアメリカでは、ニューヨークでスタートした「シティーバイク」そしてロサンゼルスでスタートした「バード」が代表例である。ニューヨークでは、市を上げて自転車移動を推奨しており、ここ数年で急激に世界トップクラスの自転車の街になった。自転車レーンは合計で約1,800kmもあり、その内約680kmは車道から路上駐車帯を介した安全に守られた自転車専用道となっている。

それに合わせて2013年ニューヨーク市交通局とCiti Bank等の協賛の下、シティーバイクという自転車シェアサービスが開始された。シティーバイクは、シティーバイクステーションのどこで借りても、どこで返してもいいというもので、スマートフォンの操作で簡単に借りることができる。現在シティーバイクのステーションはニューヨーク中600箇所以上あり、合計10,000台近くのシティーバイクが毎日利用されている。

こういった整備のお陰もあり、ニューヨークは移動を自転車に変える人が多く、現在では毎日450,000回程の移動が自転車で行われている。このことにより、短距離でのタクシー移動も減少し、自動車交通の減少にも繋がっていると考えられる。

www.samantha787.com

そして、ニューヨークが自転車であれば、スタートアップの街ロサンゼルスでは、元ウーバーの役員であったTravis Vander Zandenが始めた電動キックボードのシャアサービス「バード」が開始し、大きな話題を呼んでいる。Travisは「現代の米国でクルマの移動の約40%は2マイル以下の距離だ。バードの使命は短距離の移動を電動キックボードに置き換え、渋滞を減らし、クリーンな都市環境を実現することだ」と述べている。
forbesjapan.com

バードの画期的なところは、駐車ステーションを設けることなく、街中の好きなところに乗り捨てることができることである。それぞれのバードにはGPSが付いており、スマートフォンのアプリでその所在を地図上に確認することができる。乗りたいバードを見つけたら、自分のアカウントでアクティベイトさせて利用、目的地に着いたら、邪魔にならないところに駐車してサインアウトすれば終了と言った具合である。そのため、駐車ステーションの様な大掛かりなものを作る必要もなく、利用者も手軽に利用することができるのである。電動キックボードなのでもちろん充電が必要なのだが、充電も一般ユーザーが家に持ち帰って充電するとアルバイト料が貰える仕組みになっているのが面白い。自社のスタッフを各地に送り込んで回収するより近所の利用者に充電してもらった方が余計なコストがかからないのである。

この様に、急速に発展するテクノロジーによって、限られたリソースを簡単に共有できる様になった今日、人々の移動の手段もこれまで思いもつかなかった様なものが導入されてきている。このことは自動車の交通量を劇的に減少させる可能性を持っている。

「統計的分析」からの交通需要予測ではなく社会実験による「実測データ」に基づいた交通需要予測が必要 - 実験するしかない

 

つまり結論として、テクノロジーの急速な発展によるウーバーからカーシェアリング、自転車シェアリング、電動キックボードシェアリング、物流ですらトラックシェアリング、そして今後は自動運転の話すら出てくるという時代において、これまでの既存の交通モデルや現状データを基にして未来の交通が予想できる程単純なものではなくなってきているということである。

そのため、これからは交通施作の是非を議論する際に、既存データの「統計的分析」による交通需要予測を行うのではなく、実際にその施作を一定期間施行し、その社会実験において観測された正確な「実測データ」を下に判断すると言う考え方が主流となりつつある。このことは非常に理にかなっており、計算上はどうしても保守的な結論を出しざるを得ないが、様々な作用を考慮した際、結局はやってみないと分からないと言う部分も大いにあるのである。

次の第5弾では、海外事例と合わせて、東京でどうの様に東京G-LINEの社会実験するのか、そのあたりももう少し詳しく見ていきたいと思う。

先端技術で公園の常識を超える - 東京G-LINE

多様な表情を見せる東京G-LINE

 

東京G-LINEの形状は大きく別けて①高架橋、②地下トンネル、③旧掘割の3つに別けられる。今回はこの3つの形状において東京G-LINEはどういった戦略が考えられるか、事例と共に見ていこう。


高架橋 - ハイライン 

 

東京G-LINEの高架橋を想像するのに一番分かりやすいのは初回に紹介したニューヨークのハイラインである。廃線になった貨物鉄道高架橋が約210種類もの植物と共にモダンにデザインされたお洒落な緑道公園として生まれ変わったハイラインの出現により、治安と環境の悪さから、人が近寄ってはいけない場所とされ、不動産価値はほぼなかった元精肉工場地帯(ミートパッキングディストリクト)が、マンハッタンで一番不動産価値の高い地区の一つになったのである。たかが公園に思われるかもしれないが、ハイライン完成後その周辺地区のイメージは一掃され、今や世界中の最高級ブランドが集積し、高級住宅が数多く建てられ、そこに住むことやお店を持つことががステータスとなっている。場所によっては、ハイラインから2街区離れただけで地価が2倍近く差が開いてしまっているところもあるくらいだ。

 
ハイライン以前と以後でどれだけ変化したかは、以下のリンクの写真で見ることができる。

www.businessinsider.com

ハイラインの訪問者数は年間760万人近く、ニューヨークで最も訪問者数が多い観光地として、自由の女神やメトロポリタン美術館などよりも断然多くの人々が訪れている。たかが公園、されど公園、この訪問数を見れば、その強力な魅力を証明している。 ただし、ハイラインの管理運営団体であるフレンド・オブ・ハイラインはあまり観光地化することを懸念しており、より地元の人々が利用しやすい状況を保つために工夫をしている。彼らは子供から大人まで、地域対象の多様なイベントを数多く企画しており、現在では全訪問者数の1/3である年間230万人のニューヨーカーが訪れる様になった。

 

www.thehighline.org


ハイラインでもう一つ注目すべきことは、管理運営団体のフレンド・オブ・ハイラインは従業員140人、ボランティア180人から成り立つNPO団体であるが、内部にマーケティングとブランディングのプロがおり、資金調達を独自に行うことにより、完全独立採算を実現していることである。年間おおよそ15億円の運営費がかかっているが、その大半は民間からの寄付金で賄われており、その他はイベントやベンダーなどへの場所貸し賃料などの収入源を確保している。

もちろん何もしないで寄付金が集まるわけでなく、様々な手法でハイラインのブランド化を成功させ、環境貢献を強くアピールしたい企業にとって逆に寄付をしてでもハイラインブランドに乗っかりたいという状況になっている。また、周辺不動産価値の向上も可視化し、そのデータを元に不動産オーナーから寄付金を貰うことにも成功している。年に一回の「ガーラ」と呼ばれる総会ディナーパーティーは、数多くのセレブも参加する様なステータスのあるパーティとなり、そのパーティーにおいて2〜3億円の寄付金が一晩で集まるのである。

行政に頼らないこの仕組みこそがこのハイラインの継続的な成功を裏付けており、東京G-LINEもフレンド・オブ・ハイラインの様なマーケティングのプロ集団を運営団体として設ける必要がある。寄付金の制度として、日本とアメリカでの違いもあることが言い訳として使われるが、それだけで片付けられる問題ではないことが以上のことで分かる。もし制度を改正することによって、こういったプロジェクトが実現する可能性が高まるのであれば、それを改正しない理由はない。

高架橋の緑化は何も上に上がらなくともその魅力は地上からでも感じることができる。以下のビフォア・アフターからも想像できる様に、東京G-LINEは周辺環境を一変する程のインパクトを持っている。

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*(ビフォア)神田橋付近から見た都心環状線の現状(写真提供:初夏の大手町:日本橋川南岸の散策道「大手町川端緑道」 PART3 - 緑には、東京しかない


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*(アフター)東京G-LINE完成後の景観。こんな景観が都心3区を一周する。


地下トンネル - ローライン

 

ハイラインは良く話題に上がるが、実は現在またまたニューヨークで、今度は「ローライン」という施設が計画されていることをご存知だろうか?ハイラインが高架橋の公園であれば、ローラインは使われなくなった地下鉄操車場を地下公園にしようという計画である。最新のテクノロジーを使って、地上で集めた太陽光を光ファイバーの入ったチューブを使って地下へ伝達し、それをレンズで拡散して地下でも植物を育てることを可能にするというものである。ハイラインがあればローラインがあってもおかしくはない。そんな冗談のような話、通常であれば人々に笑われて終わるのが関の山だが、それを真剣に議論、研究し、現時点では資金が集まり、ニューヨーク市や都市交通局(MTA)から敷地利用の許可が下り、2021年の完成に向けて前進し続ける、それがニューヨークである。

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*ローラインのコンセプトダイアグラム(提供:Lowline Lab)

ローラインは、その設備やどれだけ実際に植物が育つかを実験するために、ある倉庫を実験場として改造し、毎週末一般公開をした。すると、話題が話題を呼び、単なる実験場が観光名所となるどころか、子供達の教育プログラムに取り込まれたり、ヨガ教室や瞑想など、色々な利用のされ方に発展し、10万人以上の人々が訪れた。実験場でこの騒ぎであれば、実際にローラインが完成した時の反響は想像以上のものになるであろう。世界で初めての地下公園、いったいどんな驚きを届けてくれるのか、今から楽しみである。

thelowline.org

このことは世界初の地下公園を創造するという挑戦だけでなく、このような新しい発想を受け入れてサポートする姿勢こそが未来のイノベーションを生み出すきっかけとなり、世界中から英知を惹きつけ続けているニューヨークの姿を物語っている。日本、そして東京も世界の英知を惹きつけるためには、このくらいオープンに挑戦できる仕組みをつくるべきである。

都心環状線も汐留トンネルや霞ヶ関トンネル、千代田トンネルなど地下トンネルが複数存在する。しかし、このローラインのテクノロジーを持ってすれば、地下であっても東京G-LINEを繋げることができる。地下庭園は幻想的に解釈し直された日光が降り注ぎ、また新しい体験を演出する。人々は今までにない景色を見ると同時に、科学者も人工空間における植物の栽培に対する様々な実験ができる。つまり、これは同時に農業におけるイノベーションを産み出す実験場ともなり得るのである。

 

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*(ビフォア)汐留トンネル(写真提供:首都高速都心環状線江戸橋JCT→浜崎橋JCT - T.T.「旅の記録」

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*(アフター)汐留トンネルを地下公園とした場合。公園だけでなく、植栽のイノベーションを生み出す実験場ともなる。

 

旧掘割 - 東京の水辺の復活

 

東京は昔は東洋のベニスと言われる程水辺空間が街中張り巡らされていた。それが様々な経緯で失われていったが、その変遷の一つが都心環状線である。江戸橋JCTから汐留の方に走ると半地下になった高速道路が新金橋や采女橋(うねめばし)など多くの橋をくぐる。それは、昔のお堀を乾して高速道路につくり替えたからであり、車で走ると恰も川底を走っているかの様な錯覚を感じることができる。

この旧掘割部は、例えば水辺を復活させることも考えられる。既存の川は水を浄化したり、水位をコントロールするのが難しいのに比べ、新しくアメニティとしてデザインされた水辺には多くの自由度が許される。地上に対して地下1階レベルである水辺レベルに緑地遊歩道を設けたり、一部店舗を設けたりすることも可能になり、高架とは違った形でまた喧騒を忘れられる都心のオアシスとすることができる。一部水深を20cmくらいにすることによって、子供達が水遊びをしたり、大人が足をつけたりできるようにすることも可能であり、酷暑の中、覆い茂る木々の日陰の下で水辺に触れることができる空間があったら、どんなに魅力的だろうか?

そんなその一つの事例としてソウルの清渓川が挙げられる。ソウルの都心のど真ん中を流れていた清渓川は、ほぼドブ川となってしまった上に、蓋をされ、その上に高速道路が建設されたことによって人々の記憶から完全に消えてしまった。それが2005年に市長の決断により高速道路が完全に撤去され、新しい都市のオアシスとして全長約5.8kmの人工の川が完成したのである。その後、様々なイベント等によって人々を魅了しながら発展を続け、周辺の不動産価値にも大きな影響を与えた。

 

www.seoulnavi.com

 

日本橋に青空を取り戻し、水と緑のネットワークを実現

 

同様の考え方は日本橋川の復活としても語ることができる。先述した様に、東京G-LINEの考え方では、例えば、日本橋付近では都心環状線が撤去され、Green Lineが一部川辺を歩くBlue Lineになってもコンセプトは変わらない。つまり、高架公園もあれば、地下トンネル公園、掘割公園、そして実際の川沿い公園もあってもいい。そしてそれがまた高架公園へと繋がっていき、一つのループが完成する。そうした考え方をすれば、日本橋のためだけに投資するのではなく、東京G-LINEのネットワークを結ぶ全体解の一部として日本橋に青空が戻ってくるというシナリオが可能になるのである。日本橋の上空に高速道路がなくなること自体にどれだけの価値があるか分かりにくいが、東京G-LINEの一部として考えれば、その効果は分かりやすいだろう。


東京G-LINEはこれら全て足して更に独自の仕掛けも盛り込む

 

このように、部分的に様々な実験がニューヨークや各国で行われているが、ハイラインはたかが2.3km、ローラインは6,000m2の敷地、清渓川は全長5.8kmである。それに対して、東京G-LINEは一周14.8kmとその規模は圧倒的であり、しかもループとして完結しているのである。それぞれの場所ごとに独自の特徴を演出しつつ、様々なライフスタイルから未来技術まで自由に実験される空間が広がる。日本初のイノベーション特区として、様々な最新技術を都市のシステム(スマートシティー)としてどのように落とし込むべきかという研究をする「場」となり得るのである。

繰り返しになるが、東京G-LINEは未来への投資であり、次世代に残す都市遺産の創造である。東京G-LINEの使い方は自由であり、その細かなプログラムは時代や環境に合わせて柔軟に調整することができ、利用する人々が独自の使い方を提案して多様な魅力を重層した空間になる。そのため、国内外の人々を惹きつけ、将来に向けてより成長していくネットワークとなる。都心居住、観光立国が謳われる今、都心にはより多くのアメニティが求められている。川のネットワークに加えて、それと立体的に交差する緑のネットワークを形成できれば、東京の魅力は絶対的なものになるのではないか。

都心環状線の持つ想像以上のポテンシャル - 過去のインフラを未来に向けて更新

急速に変化する都市の常識
「車中心から人を中心としたインフラ」

 

この東京G-LINEは、都心環状線を現在の「車のためのインフラ」から「人のためのインフラ」に生まれ変わらせるものである。現時点では笑い話のように聞こえるかも知れないが、凄まじいスピードで変化するテクノロジーの中で、都市の常識は急速かつ大胆に変化している。

 街は近代化していく中で、経済発展を産む産業を中心につくり変えられていった。そして効率よく物資や人をA地点からB地点に運ぶことが街の最重要課題とされ、人々の街中での活動は二の次とされた。現在、街中の屋外で人々の賑わいが感じられるところは殆ど限られている。空間の大半は車のために整備され、人々は細い歩道などに押し込まれ、まともに歩くことすらできない。
 別にこの現象をここで否定したい訳では決してない。日本の成長においてそのプロセスは必要であった。しかし、経済発展を一定以上遂げ、成熟期を迎えた先進国では、その産業中心の考え方から、人の生活中心の考え方に次々にシフトしてきている。道路を人間に解放していく考え方は単に地球の環境のためにということでなく、単純にその方が人々が活動しやすく、住みやすく、魅力溢れる街になることが証明されてきたからである。そして、そういった街に人材が集まりイノベーションが生まれたり、周辺の不動産価値や商業の集客力が増大するなど、様々な経済効果を生んでいるのである。経済効率優先に考えた場合、自動車インフラを守ることが最善策のように思われるが、実際にはその逆の方がより大きな経済効果を生んでいることが証明されて来ているのである。

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* マンハッタンの街から車線がどんどん減り、人々が快適に溜まれるプラザが次々とできてきている。そのことにより、より多くの人々を魅了し、周辺経済も伸び続けている。(写真提供:New York City Department of Transportation

 しかし、本当に都心環状線の高速道路としての機能は必要なくなるのか?という疑問は、しっかりと議論されるべきであり、そのことは次回以降じっくりと検討したい。その前にまず今回はこの都心環状線の位置づけを「人」を中心に考えた際に発揮されるポテンシャルについてみてみたいと思う。


都心環状線の持つ想像以上のポテンシャル - 経済効果

 都心環状線の持つポテンシャルは大きく分けて3つある。①立地、②形状とアクセス、そして、③周辺不動産の潜在価値である。


①立地
まずはその立地である。先述したように、都心環状線は都心3区の主要どころ、日本橋、京橋、銀座、汐留、東京タワー、霞ヶ関、皇居、全てを繋いでおり、ここを一周するだけで、多くの観光スポットを網羅することができる。

②形状とアクセス
都心環状線の形状は非常に多様である。高架になったり、川の上を走ったり、昔の掘割を利用した半地下になったり、地下トンネルを抜けたり、空間として興味深いだけでなく、東京の様々な表情を見ることができる。そして、周辺からのアクセスは高速道路という特性から既に程良いバランスで設置されており、バリアフリーである。そして、何よりもそれが完結した一つのループであることが大きい。

③周辺不動産の潜在価値
以下の断面ダイアグラムが示すように、現在都心環状線の周辺不動産価値は、高速道路から来る騒音、公害等の影響で大きくその価値を下げている。しかし、逆に捉えれば、その高速道路が公園になるなど、不動産価値に対する付加価値となれば、その価値上昇の振れ幅は莫大なものとなることが予想できる。 

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     * 都心環状線の典型断面。公害や騒音から隣接する不動産の価値を大きく下げている。

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     * 東京G-LINEの典型断面。都心のオアシスと化した都心環状線と連続した不動産はその価値が最大化する
  

完結ループの東京G-LINEが与える面的な経済効果


 この断面から見て取れるように、都心環状線を緑化した瞬間にその周辺の不動産価値は何倍にも跳ね上がる。これまで最低だった場所が最高の場所に生れ変るのである。目の前に広がる景色はモダンにデザインされた様々な植栽が広がり、ビルからそのまま直接空中庭園にアクセスすることができる。商業化し過ぎない程度に戦略的に配置された店舗では、新鮮な野菜が買えたり、カフェや食事処で友達と歓談できる。何よりも車を気にしないで動き回れるという付加価値は子育てにも大きい。また、街中の喧騒も木々に覆いかぶされ、東京都心でこれ程までに静かに暮らせるとは誰も想像ができなかったであろう。これ程迫力のある付加価値を持った不動産は、これまで見たことがない。
 こういった仕掛けを高架橋の一部緑化や高速道路を地下に埋めて、その上を公園にするといったプロジェクトは世界でも複数見られるが、それを余計なコストを描けない既存インフラを利用した街中を通り抜ける一周14.8kmのループ全体で行う東京G-LINEの面的経済効果は絶大と言えるだろう。
 

災害対策やイノベーション特区としても力を発揮する


 東京G-LINEの持つ更なる可能性は、災害時の緊急支援物資を輸送するライフラインとなり得ることである。東日本大震災でも一番の議論となったように、災害時において緊急支援物資や医療サポート、ボランティアなどの人々をどれだけスムーズに被災地に運び届けられるかは決定的要素である。この都心環状線に車がないという状態は、災害時には緊急車両等がスムーズに必要箇所に移動することを可能とするのである。
 そして、更には現在様々な新しい未来的な移動テクノロジーが開発されているが、道路交通法等によりその実験すらし難い状況にある。例えば東京G-LINEはイノベーション特区として、場所場所で未来の移動インフラを実験することができたり、一般の人々に触れてもらう場を設置することにより、イノベーションの実装を加速化する装置ともなり得るのではないだろうか?

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* 宝町出口付近の都心環状線の現状。(写真提供:T.T.さんの「旅の記録」

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* 同じ都心環状線を東京G-LINEに。都心のライフスタイルが一変し、その付加価値は計り知れない。

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* 災害時には緊急支援物資のライフラインとして活用される。

 つまり、東京G-LINEは景観を良くしようとか、地球環境の為に緑を増やそうというだけの話ではない。東京G-LINEがループであることから、その付加価値を東京に面的に創生することができるのである。理想論だとして議論を終わらせるのではなく、経済的な効果、税収の増加なども計算、比較する価値は十分にあるだろう。東京が復活するには、このくらいの覚悟が必要だ。

 

 東京G-LINEは何も観光客を集めるためのものでなく、東京に住む、働く、遊ぶ人々に対してより快適なライフスタイルを提供し、次世代に向けて東京が生活するのに理想的な街環境を創り上げるきっかけになるものである。そのことは、世界から優秀な人材を集め、未来に向けたイノベーションを生む都市をも創出する。1962年、日本は来たる車社会を見越して都心環状線を短期間で創り上げ世界を圧倒した。今また、日本は未来への分岐点に立っている。現状を維持するか、20年後の都市像を想像して前進するか、真剣な議論が必要である。

東京に新しい「楽しい」を - 東京G-LINE

都心のど真ん中に緑のループ?

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 東京のど真ん中に一周14.8kmの緑のループができたら、人々の生活はどれだけ変わるだろうか?その緑のループにはあらゆるところからアクセスでき、そこでは、都心にいながら子供が自由に走り回り、大人達も喧騒を忘れ寛いでいる。もちろん車なんて走っておらず、バランス良く植えられた木々により、空気が綺麗なだけでなく、日陰が十分に生み出され、お年寄りも快適に散歩している。程よい密度で設置されている飲食店では、コーヒー片手に読書をしたり、絵画を楽しんでいる人もいる。犬の散歩の途中に友人に会い、そのまま遅めのブランチを楽しむ。車のない環境が、こんなにも快適で静かであることを人々は初めて知った。

 

都心環状線一周全部公園に

それが東京G-LINE  

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 都心環状線は一周14.8km。都心3区の主要どころ、日本橋、京橋、銀座、汐留、東京タワー、霞ヶ関、皇居、全てを繋いでおり、ここを一周するだけで、多くの観光スポットを網羅することができる。そんな一等地が緑に溢れ、自由に歩き回れたらどうだろうか?オープンカフェも狭い歩道にギリギリ張り出し、排気ガスを吸いながら食事するのではなく、公園の中にゆったりと席が設けられ、鳥の囀りを聴きながら寛ぐことができる。

 これは、車のために造られた道路を、スケール感を全く無視して一時的に歩行者に解放する「歩行者天国」とは全く次元の違うものである。歩行者のために設計し直され、快適なスケールに調整され、緑溢れる環境が喧騒も暑さも忘れさせてくれる。それは冬であっても、同様の魅力を創出することができる。

 アクセスランプは既にバリアフリーで程よく設置されており、街のどこからもアクセスすることができる。車を気にしながら歩道を歩くことに疲れたら、さっと東京グリーンループに上がり、移動も楽しめばいい。

 するとどうだろう。これまで迷惑そうに背を向けていた沿線の建物が東京G-LINEに向いて開きだす。公園に直接アクセスできる贅沢な住宅やオフィスが新しい東京のライフスタイルのトレンドとして世間で話題になり、お洒落なカフェやレストラン、バーなどがバランス良く建ち並ぶ。商業化しすぎないように程よく規制が掛けれるが、同時に様々な交流イベントがひっきりなしに開催され、大人から子供まで常に賑わいの絶えない場所になる。

 

日本橋上空の高速道路を地下化?

 

 私は学生の頃、国土交通省の支援の下、地域と一体となって設立された「日本橋学生工房」という街づくり団体の代表を務めていた。複数の大学の学生が実際に日本橋に設けられた事務所にほぼ住むような形で、地元の方々と交流を深めながら日本橋という地域のあり方、そして実現のための行動の仕方を議論し、提案してきた。そのため、日本橋には人一倍想い入れが強い。

 そんな中、飛び込んできたのが「日本橋上空の高速道路の地下化決定」というニュースである。3,200億円という巨額の投資に加えて、八重洲線の拡張等その工事費が更に膨れ上がる可能性、そして、その工期が20年近くになり得るという話で、つまりは20年近く日本橋は工事中となるのである。20年後の都市を想像した際に、この投資は果たして正解なのであろうか?

www.nikkei.com

 私が学生工房の頃(2003年)から、この日本橋の上の高速道路の問題は議論されていた。その当時は、地下化の他に再開発と同時に周辺ビルの中を通すというような案も検討されており、地下化の事業費は5,000億とも言われていた。しかし、日本橋に空を取り戻すことだけに、5,000億という巨額の投資を行うことに私は非常に違和感を感じていた。また、同時に、都心環状線の周りに中央環状線、外環、圏央道とつくられていく中で、本当にこんな小さな都心環状線は必要なのか、という疑問を抱いていた。

 その後、ニューヨークへ移住した私は、使われなくなった鉄道高架橋を公園に変えた「ハイライン」がその周辺の街のイメージを一変して、今やセレブ達が訪れるような街へと変貌していく様を見る事ができた。たかが公園、されど公園。極度に美しく整備された植栽、ランドスケープに加えて、程よく多様なアクティビティが実施されているそのハイラインは、周辺の不動産価値を極端に高め、それまで誰も近寄りたくなかった危険地帯をマンハッタンで一番住みたい場所の一つに仕立てあげたのである。その時、「正にこれこそ都心環状線のアップデートに求められているものだ」と確信した。同じお金をかけるのであれば、その何十倍もの経済効果のある投資をするべきであり、それが一箇所でなく、東京全体のライフスタイルが生まれ変わる程の迫力が必要である。

ny-pg.com

 ニューヨークのハイラインは12丁目から34丁目までを結ぶ2.3kmのものであるが、その進化版を都心環状線の14.8km、しかも完結したループで実現できれば、その魅力は底知れず、東京の持つ様々な問題の解決策となるであろう。3,200億円はこのように使うべきではないだろうか。

 

 3,200億円以上という額とその工期、そして100年に一度くらいしか起きないこのような東京の大規模更新のチャンスを現状維持を元にした制約の中だけでアイディアを限定するのはあまりにも勿体ない。各関係者のご尽力でここまで現実味が増してきた今だからこそ、次世代、次々世代へ残す遺産として何が最善かもう一度みんなで考えるきっかけになることを祈っている。

 

 どうして、東京G-LINEには価値があるのか、どのように実現できるか。そのことについて何回かに分けて、もう少し詳しく見てみたいと思う。