都心環状線の必要性 - フィル・グッドウィンの消えた交通理論

近未来の自動車交通の変化を見越した都心環状線の高速道路網としての必要性の検証


東京G-LINEを実現させる上で根幹となる議論は、やはり都心環状線の高速道路網としての必要性である。都心環状線は本当になくなっても大丈夫なのだろうか?現在の都心環状線の交通量が、そのまま周辺道路へと移動し、結果大渋滞を引き起こして、道路網が機能しなくなるのではないか?という疑問が出てくるのは自然なことである。

これまでも様々な交通需要予測が行われており、一般道でその交通量を捌くのは難しいのではないか、と言う検証は多く見ることができる。しかし、周辺の環状線が次々と完成していることに加えて、テクノロジーの発展により現在、劇的に変化しつつある自動車交通をも考慮した場合、単純に都心環状線の現在の交通量がそのまま固定して存在し続けるという前提条件を改めて見直す必要があるのではないだろうか。

特に竹橋から江戸橋までの高速道路の地下化の話を見た際には、その完成までに20年かかることが予想されており、その投資価値を判断する上で、「20年後」に都心環状線の需要がどの程度あるのか、と言うことをしっかりと議論するべきである。

フィル・グッドウィン教授の「消えた交通理論」

 

そもそも現状の実測や統計的分析、既存の交通モデルを下にした交通需要予測に対する正確性に疑問を呈する専門家も多くいる。ロンドン大学のフィル・グッドウィン教授は、サリー・ケイルンズとステファン・アトキンズと共に2002年、「消えた交通」という論文を発表した。実際に11カ国70もの事例を調査し、事前の予測と事後の実測データの比較を200人以上の交通の専門家からの意見をも交えてまとめたのである。

https://nacto.org/wp-content/uploads/2015/04/disappearing_traffic_cairns.pdf

この論文では、バスレーンや自転車専用レーンの導入など人為的な交通施作から災害による道路の封鎖などの影響まで多様な事例から、ある道路で捌けなくなった通常の交通量が周辺道路に与えた影響を実測データを下に分析している。その事例の一つに阪神淡路大震災による高速道路の被害も含まれている。その結論として、彼らは以下の3つにまとめている。

1) 専門家の現状データを下にした統計的分析による周辺道路への交通の影響の予測に比べて、事後の実測データは大幅に影響が少なかったという場合が大半であった。
2) 交通の総量が大幅に減少する傾向も多く見られた。
3) 通常の交通需要予測に使われる交通モデルに対して、道路になんらかの制約が出た際に人々が実際にとる行動パターンの変化はもっと複雑な仕組みで決定されている。

彼らの調査によると、何か交通規制が導入されると平均して11%の交通が「消える」ということを示している。

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*ストックホルムの社会実験。通行料を課金し始めた当日に20%の交通量が「消えた」。(2006年1月2日(左)と課金を始めた2006年1月3日(右)の同じ場所の様子。20%の交通量が減ったと報告されている。写真提供: Jonas Eliasson氏 ストックホルム交通局ディレクター)

それでは、この「消えた11%」はどこへ行ってしまったのだろうか?それは、人々は毎日様々な選択を状況に応じて行っており、ある道路の交通状況の変化が作用して運転する時間帯を変えたり、運転の仕方を変えたり、公共交通など別の移動手段を利用したりという判断を無意識に行なっており、それが結果として11%の交通量の減少へと繋がったと考えられている。つまり無意識であるため、アンケートを取っても、明確に誰が行動パターンを変えたかは分からない場合が多いと言うのも興味深い。

こういった事例の代表例にサンフランシスコのエンバカデーロがある。エンバカデーロには以前水辺に沿って2階建高速道路があり、その存在が街を水辺から分断していると撤去を求める声が多かったが、専門家による分析では必要不可欠な交通インフラとされていた。ところが、1989年のロマ・プリエタ地震によって高架橋が崩壊した際に、それまでに高速道路がなくては交通が麻痺すると言われていたにも関わらず、実施には周辺の交通には然程大きな交通渋滞は見られなかったのである。そして、高速道路は撤去され、現在は美しい並木道になっている。

linearcityproject.blogspot.com

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つまり、交通には人々の心理が大きく作用しており、単純に交通量保存の法則が成り立つ訳ではない。そのため、交通需要予測をする際にはどうしても保守的になってしまうが、現実はそこまで悲観的ではないことが多いのである。

更に近年東京を取り巻く交通環境が、この都心環状線への依存度をさらに低下させるように作用している。その内容を順番に一つずつ見ていこう。
 

都心環状線は都市計画的に計算されたものではない!?

 

通常、都市の環状線のあり方を計画する上で、その大きさや放射線との連結は戦略的に考えられるべきである。しかし、都心環状線の半径は世界の他都市と比べても極端に小さく、車線数も少ない。いったい何故であろうか?
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その理由の一つは、東京で高速道路が最初につくられた時の経緯にある。最初の高速道路建設当初、最優先課題は1964年の東京オリンピックまでに羽田空港から各オリンピック会場までに関係者をスムーズに移動するルートを確保することであった。その課題を数年で実現するために、築地川、日本橋川等、用地買収を必要としない土地を利用するルートが確定したのである。そして、この初期ルートが基礎となり、1967年に都心環状線は現在のルートで完成したのである。つまり、この都心環状線の大きさはその立地と時間的制約条件の中で確定したものであり、綿密な都市計画的な交通システムに基づく計算でデザインされたものとは言い難い。

www.shutoko.jp

3環状9放射ネットワーク構想の実現 - 都心環状線ありきの先入観からの解放

 

そのような都心環状線に比べて、1963年、首都圏の道路交通の骨格として戦略的に計画されたのが、3環状9放射のネットワークである。中央環状線、外郭環状線、圏央道の3環状、そして東京湾岸道路、第三京浜道路、東名高速道路、中央自動車道、関越自動車道、東北自動車道、常磐自動車道、東関東自動車道、京葉道路の9放射である。
9放射は比較的早く整備されたが環状線の整備は難航し、その結果、都心環状線は唯一の環状線として必要不可欠なものとして利用されてきた。そのため、都心に用事のない交通までもが都心環状線に集中し、慢性的な渋滞を発生させているのである。現に都心環状線の交通の6割以上が通過交通であると言う調査結果が出ている。


しかし、2015年、遂に中央環状線が一周完成すると、2018年6月には外郭環状線の東ルート千葉区間が完成、圏央道も着々と整備が進み全体の8割近くが完成した。これらの環状道路と放射線道路のネットワークが確立していくことによって、これまで都心環状線を通っていた交通体系も大きな変化を見せ始めている。中には都心環状線の一部が別ルートを選択できるようになったことによって、渋滞が3割も減少したという報告も国交省から出されていたり、羽田や大井埠頭から中央道方面の貨物輸送の約8割が中央環状線を利用するようになり、都心環状線を通るルートを選ぶ交通が大きく減ったことなどが報告されている。

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3環状(圏央道・外環・中央環状)「東京を変える道路・首都圏を変える道路」 

整備効果(渋滞緩和)|3環状

http://www.metro.tokyo.jp/INET/CHOUSA/2015/11/DATA/60pbc100.pdf

また外郭環状線の千葉区間(三郷南〜高谷間)が開通し東ループが完成したことにより、今度は中央環状の東側の交通が1割も減少したことが報告され、外郭環状線が中央環状線の交通をサポートする役割を果たすことが証明されたのである。

http://www.ktr.mlit.go.jp/ktr_content/content/000703561.pdf

 

都心環状線の交通の実態 - 都心環状線の撤去も検討されていた

 

東京と言えば朝夕の通勤・通学ラッシュが頭に浮かぶ。大半の人々は郊外に住み、毎朝駅員が人々を電車に押し込む姿は、世界の度肝を抜いている。同様、高速道路も多くの自動車が通勤でごった返しているのであろうか?国交省で2012年に開かれた「首都高速の再生に関する有識者会議」の報告書によると、 

http://www.mlit.go.jp/road/ir/ir-council/syutokou/pdf/19.pdf

- 通勤、通学の8割は公共交通が支えており、自動車の利用は4%〜8%である。

- 都心環状線における交通量の内;
  > 都心3区を通過する交通: 61%
  > 都心3区に目的地、出発地を持つ交通: 38%
  > 都心3区内発着の交通: 1.6%

- 都心環状線の交通の約80%は業務目的(乗用車43%、タクシー12%、貨物25%)

つまり、通勤のラッシュはさほど関係なく、各放射線高速道路を繋ぐ環状線が唯一都心環状線しかないがために、必ずしも都心に目的地のない交通が多く、都心3区内で環状線として利用している交通は殆どないことが分かる。その反面、都心10km圏内の交通を見ると、その内8割は圏内交通であることが分かる。つまり、その一回り小さい半径7.5kmの中央環状線は理に適った大きさである。

以上のことから、この有識者会議においても、「環状線が整備されれば都心環状線を単純撤去したとしても交通を処理することができる可能性はある」としている。同時に一般道への負荷を検討する必要があるともしているが、2012年時点でその他の環状線がまだ一つも完成していなかったことから、直接的な検証はできていない。

http://www.mlit.go.jp/road/ir/ir-council/syutokou/teigen/t02.pdf

 

有識者会議での単純撤去案の否定項目は東京G-LINEで克服できる

 

単純撤去案の否定項目として、一般道への負荷対策以外に以下のものが挙げられている。

1. 災害時の支援ネットワークの悪化

2. 撤去費のコスト

3. 都市再生プロジェクトとの連携の可能性は一部のみ

しかし、先述した様に東京G-LINE構想であれば、これらの要素は全て解消どころかプラスに転じさせることができる。

1. 都心環状線が災害支援車両の専用ネットワークとして活用できる。

2. 物理的な撤去は原則しない(日本橋上空のみ撤去)。公園への改装費など劇的な環境改善費が主要コスト

3. 都市再生プロジェクトとの連携効果は絶大

20年後の交通の絶対量

 

今後ますます都心居住が増えていく中、特に若者の車の所有率は減少している。その理由として、車の所有にかかる費用だけでなく、公共交通が十二分に発展した東京において、車で移動する必要がないからである。現時点でも東京23区での世帯あたりの自家用車の保有率は0.4と全国平均1.1の半分以下であり、そのうちの7割近くが平日使用されていないのである。今のミレニアル世代以降が主流となる20年後には、この傾向はより強くなっていると予想される。

www.businessinsider.jp

テクノロジーにより、流しのタクシーや空車の貨物がなくなる

 

この様に、高速道路網としてネットワークが年々強化されていく中、都心環状線の必要性が薄れていくであろう。しかし、そうだとしても都心環状線を廃止にした場合、現状の交通量がそのまま一般道に降りてくることはないとしても、やはり、その一般道への影響は考える必要がある。

一般道の混雑の原因の一つとして、流しのタクシーや空車の貨物(業務用乗用車含む)の存在は大きい。基本的にタクシーはお客様を乗せていようが、乗せていなかろうがずっと走っている必要があり、ランダムに待つお客様を見つけて拾うために大幅に無駄な交通量の増加を招いている。
しかし、近年急速に発展するテクノロージーとビッグデータにより、リアルタイムに需要量と発生場所を察知し、効率よく供給するシステムが確立されてきており、そのことによって流しのタクシーを減らすだけでなく同じ行き先のお客様をまとめて乗せるなど、無駄を排除することができる。

ここで一つ大事なことは、ウーバーを導入すればいいということではない。確かにこの様なテクノロジーの最先端としてウーバーがあるが、逆にリクエスト待ちのウーバーが街を徘徊して交通量を増やしてしまっては本末転倒である。ポイントは命題を「タクシーの台数を減らすこと」と設定し、テクノロジー、ビッグデータを駆使して必要最少限台数を割り出すことである。そのことにより、人口減少によるドライバー不足も解決し、かつ交通量を大幅に減らすことができる。

同様の動きは貨物でも生じ始めており、空車で走る貨物を最少限にするために、物を運んで欲しい企業と物を運びたい貨物をマッチングさせ、効率よく物品のピックアップと配送を行うシステムが拡大してきている。このことにより、同様、ドライバー不足解消と貨物の交通量も減少が見込まれる。

更に多様化する公共交通 - シティーバイク/バード

 

近年世界中で公共交通の定義自体が変わろうとしている。これまで公共交通と言えば電車やバス等であったが、近年ではテクノロジーの進化によって都心を中心に自転車や電動キックボードなど短距離移動をこなす新しい移動手段をみんなで共有するというシステムが導入されてきている。例えばアメリカでは、ニューヨークでスタートした「シティーバイク」そしてロサンゼルスでスタートした「バード」が代表例である。ニューヨークでは、市を上げて自転車移動を推奨しており、ここ数年で急激に世界トップクラスの自転車の街になった。自転車レーンは合計で約1,800kmもあり、その内約680kmは車道から路上駐車帯を介した安全に守られた自転車専用道となっている。

それに合わせて2013年ニューヨーク市交通局とCiti Bank等の協賛の下、シティーバイクという自転車シェアサービスが開始された。シティーバイクは、シティーバイクステーションのどこで借りても、どこで返してもいいというもので、スマートフォンの操作で簡単に借りることができる。現在シティーバイクのステーションはニューヨーク中600箇所以上あり、合計10,000台近くのシティーバイクが毎日利用されている。

こういった整備のお陰もあり、ニューヨークは移動を自転車に変える人が多く、現在では毎日450,000回程の移動が自転車で行われている。このことにより、短距離でのタクシー移動も減少し、自動車交通の減少にも繋がっていると考えられる。

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そして、ニューヨークが自転車であれば、スタートアップの街ロサンゼルスでは、元ウーバーの役員であったTravis Vander Zandenが始めた電動キックボードのシャアサービス「バード」が開始し、大きな話題を呼んでいる。Travisは「現代の米国でクルマの移動の約40%は2マイル以下の距離だ。バードの使命は短距離の移動を電動キックボードに置き換え、渋滞を減らし、クリーンな都市環境を実現することだ」と述べている。
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バードの画期的なところは、駐車ステーションを設けることなく、街中の好きなところに乗り捨てることができることである。それぞれのバードにはGPSが付いており、スマートフォンのアプリでその所在を地図上に確認することができる。乗りたいバードを見つけたら、自分のアカウントでアクティベイトさせて利用、目的地に着いたら、邪魔にならないところに駐車してサインアウトすれば終了と言った具合である。そのため、駐車ステーションの様な大掛かりなものを作る必要もなく、利用者も手軽に利用することができるのである。電動キックボードなのでもちろん充電が必要なのだが、充電も一般ユーザーが家に持ち帰って充電するとアルバイト料が貰える仕組みになっているのが面白い。自社のスタッフを各地に送り込んで回収するより近所の利用者に充電してもらった方が余計なコストがかからないのである。

この様に、急速に発展するテクノロジーによって、限られたリソースを簡単に共有できる様になった今日、人々の移動の手段もこれまで思いもつかなかった様なものが導入されてきている。このことは自動車の交通量を劇的に減少させる可能性を持っている。

「統計的分析」からの交通需要予測ではなく社会実験による「実測データ」に基づいた交通需要予測が必要 - 実験するしかない

 

つまり結論として、テクノロジーの急速な発展によるウーバーからカーシェアリング、自転車シェアリング、電動キックボードシェアリング、物流ですらトラックシェアリング、そして今後は自動運転の話すら出てくるという時代において、これまでの既存の交通モデルや現状データを基にして未来の交通が予想できる程単純なものではなくなってきているということである。

そのため、これからは交通施作の是非を議論する際に、既存データの「統計的分析」による交通需要予測を行うのではなく、実際にその施作を一定期間施行し、その社会実験において観測された正確な「実測データ」を下に判断すると言う考え方が主流となりつつある。このことは非常に理にかなっており、計算上はどうしても保守的な結論を出しざるを得ないが、様々な作用を考慮した際、結局はやってみないと分からないと言う部分も大いにあるのである。

次の第5弾では、海外事例と合わせて、東京でどうの様に東京G-LINEの社会実験するのか、そのあたりももう少し詳しく見ていきたいと思う。