東京G-LINE 1.0 - 東京2020大会の輸送運営計画へ向けたTDM推進計画の実験として

東京2020大会輸送運営計画では交通需要マネジメント(TDM)が必要不可欠

 

これまで、東京G-LINEの視点からその可能性と実行の意義、プロセスを語ってきたが、今度は東京2020大会の輸送運営計画の検討状況の視点から考察してみようと思う。

東京2020組織委員会の森喜朗会長は「東京2020大会の成功の鍵を握る重要な要素の一つは輸送運営計画である。」と言った。輸送は選手村と各会場を結ぶ区間等において業務が発生する。過去の大会においてはオリンピ ックパークが設けられるケースが多く、パーク内に一定数の会場が集中することによって輸送の面では利点があったと考えられるが、東京2020大会にはオリンピックパークがなく、会場の多くは朝夕の通勤時間帯をピークに交通が集中している地域にある。特に会場が集中する臨海部では、港湾施設に隣接していることから物流関係の車両通行が多く、大会の交通と交錯することが予想される。これら東京 2020 大会の特徴を踏まえ、輸送を円滑に実施するために、一般交通と調整を図る必要がある。としている。

そのため、組織委員会は東京都、国、経済界と共に早い段階から対策を検討すると共に、交通工学や物流等の学識経験者を中心とした専門家による検討会「交通技術検討会」を立ち上げた。平成30年1月に発表された「東京2020大会の交通マネジメントに関する提言(中間のまとめ)」によると、何も交通対策をせずに東京2020大会を迎えると、一般交通に大会車両が加わることで首都高の渋滞は現況の2倍近くまで悪化するとされた。このままでは都市活動、大会輸送ともに機能しなくなってしまうため対策を考える必要がある。その対策として示されたのが「交通需要マネジメント(TDM)」、「交通システムマネジメント(TSM)」、そして「公共交通輸送マネジメント」の3つである。TSMはリアルタイムで場所ごとの交通量を把握して、高速道路の出入り口を部分的に封鎖するなど、交通の需給関係を高度に管理するシステムであるが、基本的に全体の交通量が減った状態でしか機能しないため、全体の交通量を削減するTDMが道路では最も重要である。

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*出典:「東京2020大会の交通マネジメントに関する提言(中間のまとめ)」

TDMとは、交通需要を抑制、分散、平準化を目指すもので自動車利用者の協力が不可欠である。目標としては平日を休日と同程度の15%減にすることができれば、円滑な輸送が可能になると推定されている。(正確にはTDMによって全体交通量の10%減を実現させ、加えて局所的にさらにTDMを行うことによって、効率よく15%減を目指す。)都心の車種別利用割合を見ると、業務関連の乗用車が43%、貨物車が25%、タクシー(ハイヤー)が13%と大半が業務の交通であることがわかる。つまり、企業や物流業者の協力が必要不可欠であり、「働き方改革」などこれまでの慣習を見直すことが重要となる。

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*出典:「東京2020大会の交通マネジメントに関する提言(中間のまとめ)」

このTDMの実現には、東京2020大会に向けて交通量を大幅に削減する必要があることを利用者や企業に広く認識してもらうことと、具体的にどう削減するかという対策を早い段階で考えてもらう必要がある。つまり、来週からオリンピックが始まるので対応して下さいと言ってできるものではなく、時間をかけて広報活動をし、協力企業を増やすと共に具体策を試行錯誤で整理し、入念な事前準備・計画的取組が必要である。そのためには交通量削減のための対策メニューを作成し、それを実際に試行して課題点を洗い出す、そしてその課題点を元に対策メニューを修正し、また試行すると言ったPDCAサイクル(Plan, Do, Check, Act)を行う必要がある。

東京2020組織委員会は、輸送関係者間の意見調整を図るとともに、輸送方針の策定などを目的として「東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会 輸送連絡調整会議」を2015年7月30日(木)に設置し、これまでに6回の会議が行われている。その中で2017年6月5日に輸送運営計画V1が策定され、その中でも特に強調されているTDMに対して、4月TDM推進に向けた基本方針を発表、そこからTDM推進行動計画V1をまとめ、それを元にまず今年の夏に幾つかの試行検証が行われた。そして、今後はその結果を元に今年度末までにTDM推進行動計画V2を策定し、来年夏に試行検証。冬に修正し、それを本格実施する。そして、来年度末までに輸送運営計画V2をまとめ本番に備える。

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*出典:「TDM推進に向けた基本方針」


TDM推進計画の試行錯誤

 

ここで、組織委員会の考えているTDMの推進方法をもう少し詳しく見てみよう。東京2020組織委員会は東京都、国とともに、東京2020大会開催期間中における交通混雑緩和に向けたTDMの取り組みを、東京2020公認プログラムを活用しながら、2020TDM推進プロジェクトとして推進し、安全・円滑かつ効率的で信頼性の高い輸送と都市活動の安定との両立を目指すとしている。

まず企業の慣習を変えるために、企業や団体にセミナー等を通じて協力を求めると同時に具体的な対策を説明し、人・モノの移動を円滑にするために、①時差Bizやテレワークを積極的に利用、②配送の時期や時間帯を変更、③大会期間中に夏期休暇を取得などを奨励している。現時点では31団体、345社が協力を示している。

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*出典:「第6回東京圏輸送連絡調整会議資料」


TDM推進プロジェクトは時差Biz、テレワーク・デイズ、TOKYO働き方改革宣言企業、東京テレワーク推進センターなどのイベントや活動も積極的にサポートしている。例えば「時差Biz」は通勤のピーク時の出勤を避けるため、参加企業は社員にチーム内で業務に問題が出ない範囲で調整し合い、早番や遅番などフレキシブルに出勤時間を決めれる様に促している。現時点で936社参加しており、今後交通量の分散が期待される。また、テレワークは自宅から仕事できる様な環境を整備して、通勤者数を減らすことによって通勤交通だけでなく、業務の移動交通等も削減が見込まれる活動である。2017年、2018年と2020年の東京2020大会の開会式と同じ日程である7月24日+1日以上でテレワークの実施を促す「テレワーク・デイズ」を開催し、少しでもテレワークを取り入れる企業を増やそうとしていると同時に、その交通量に対する効果を検証している。2018年のテレワーク・デイズは1,682団体、302,471人が参加し、2017年に比べて約4.8倍参加人数が増えた。(目標は2,000団体、延べ10万人の参加)

しかし、それと同時に隅田川花火大会や神宮外苑花火大会などのイベント時に交通規制の認知度やそれによって行動の変化をしたか、という調査を行ったところ、実勢に変更した人は僅か11%であり、交通量の低減率は僅か数%であった。つまり、東京2020大会においても、その交通規制の認知度を高める必要があると同時に、行動変化の必要性を理解して頂くセミナーや相談会等の開催を促進する必要があるとされている。

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*出典:「第6回東京圏輸送連絡調整会議資料」


一番シンプルな輸送運営計画(都心環状線のORN化)を実験検証する


今回のオリンピック・ルート・ネットワーク(ORN)は都心環状線と湾岸線を中心に、そこから放射線を使っている。出入り口や様々な連結が複雑であり、かつ基本的に2車線しかない都心環状線において、オリンピック専用レーンをつくることは逆効果であるため、現時点ではどうしても一般車両と混ぜるしかないことになっている。

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*出典:「第5回東京圏輸送連絡調整会議資料」


しかし、大会関係者のセキュリティ面、事故等の不測の事態の対象などを考えると、それは理想的ではなく、不測の事態に対しては一部の出入り口を塞ぐなどして交通の流入量を調整するとあるが、それこそ混乱を呼び、必要以上に渋滞を巻き起こす危険性もあるだろう。

一番シンプルな輸送運営計画、それはやはり都心環状線をオリンピック専用道路(専用レーンではなく)とし、一般交通は中央環状と外郭環状を使うという、交通の住み分けをすることであろう。

かと言って現時点でいきなり都心環状線を封鎖すれば、平均約1日9万台の交通が周辺で大渋滞が起こしてしまうと予想されるし、これまでの様々なシミュレーションで否定されてきている。しかし、今回のようにTDMを推進し、全体の交通需要を大幅に削減した時点で封鎖したらどうなるか、という社会実験は未だやられたことはない。前回述べたように、様々な要素が複雑化する今日おいて、統計学に基づくシミュレーションは、その正確性が問われており、交通施策は社会実験を下に検証されるべきというのが世界の主流となりつつある。

だからこそ、現在行われているTDM推進計画を進め、一般交通量を減らしつつ、運送会社の協力を得ながら、一般道、もしくは中央環状線や外郭環状線を使ったルートへの変更を検討してもらい、都心環状線の封鎖が可能か、もしくはどういった影響が周辺にでるか、実験する価値はあるのではないだろうか?

以前も話した通り、都心環状線の交通量の61%は通過交通、都心3区に発着のいずれかを持つ交通が38%であり、都心3区内に発着両方を持つ交通はたったの1.6%である。つまり、61%は別のルートがあれば、必ずしも通る必要がなく、38%は放射線に乗る出入り口までのみ一般道を使えば、都心環状線がなくとも成り立つということである。また、以下の図式に見られるように近年の中央環状線や外郭環状線の完成で多くの選択肢が増えており、実際に多くの交通が別ルートを選択し始めているが、本来のポテンシャルを活かしきれていないのではないだろうか?というのも、いくら都心環状線を使わないルートがあるとしても、これまでの習慣として選んできたルートをいきなり変えるのは難しく、もし本当にルートの変更を促すのであれば、都心環状線を遮断する必要がある。つまり、水道管と同じで、そこにパイプが繋がっていればどうしても水は流れるものであり、流れを変えるためには、パイプを塞ぐ必要がある。

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*出典:「首都高速道路株式会社報道発表資料」(左)、「国土交通省関東地方整備局記者発表資料」(中、右)

 

また、もう一つ興味深かったデータとしては、圏央道内側で一律に車両を減らしたシミュレーションを行ったところ、高速道路の交通量は減りにくいという結果がでた。つまり、一般道路に大きなキャパシティーが生まれたとしても、高速道路を使う習慣のある人はそのまま高速道路を使ってしまうため、どこまで高速道路の交通量を減らせるかを検証するためには、一般道を優先的に選ばせる工夫が必要である。

TDM推進計画のPDCAイベントとして「東京G-LINE 1.0」を


これらを踏まえて、今年の夏のTDM推進イベントの実験の一つとして以下のようなことが考えられないだろうか。

「東京G-LINE 1.0」
①通常のTDM推進プログラムを行い、全体の交通量を減らした状態で都心環状線のみ通行料を倍にする。
②都心環状線の神田橋から江戸橋の1.8kmを通行止めにする。八重洲線とKK線への連結機能を保つことにより、C1の環状線機能は原則的には失わずに済む。ただし、貨物は八重洲線を通り抜けできない。
③通行止めにする神田橋から江戸橋の間を歩行者に開放し、様々なイベントやポップアップストアを集め、東京G-LINEの疑似体験「東京G-LINE 1.0」を演出する。
④TDM推進プログラムに参加した企業や団体は、「東京G-LINE 1.0」に名前が刻まれたり、ポップアップストアが出せたり、VIPイベントへの参加が可能になる。
⑤カープーリングやまとめ運送など、効率のいい自動車移動システムを提供し、交通量の絶対数を減少させるようなテクノロジーに対するコンペを開き、選ばれた企業は、この実験で実際にその効果を検証する。また同時に次世代型セグウェイのシェアシステムなど、新しく安全な移動テクノロジーに対するコンペも開き、選ばれた企業はその未来のモビリティシステムを「東京G-LINE 1.0」で検証することが可能になる。

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*ベース路線図:首都高速道路株式会社


①、②により、本当に都心環状線を利用する必要のある交通だけが残り、大半の通過交通を排除できることが予想される。TDM推進計画で働き方を変えようとしているのと同様に、都心環状線を通過していた交通に新しいルートを使わせ、これまでの輸送ルートの選択習慣に風穴を開けることができるのではないだろうか。

③は、このTDM推進計画の行きつく先として、東京の未来環境都市として生まれ変わった姿を疑似体験させ、その直接的なメリットを明確にする。単に東京2020大会の輸送運営計画をこなすためでなく、その先の未来のビジョンを明確にすることが、参加者のモチベーションを高め、ムーブメントが起こせるのではないだろうか。そして、④の特典により、企業や団体のCSRのイメージ戦略など具体的な営業の一部として位置付けることもできるようになる。
⑤は、現在ある交通手段に加え、未来のモビリティーの可能性を提示し、かつ単に企業や団体に協力の要請をするだけでなく、テクノロジーで抜本的に問題解決するようなアイディアを一般から集め、交通/移動手段のあり方から変えるようなテクノロジーの発見を目指す。

神田橋〜江戸橋区間は東京G-LINEの最初の実験場として最適

 

1. 距離が程よく、周辺も魅力が豊富
1.8kmとニューヨークのハイラインとほぼ同じ距離であり、歩いて30分程度と散歩に程よい距離である。日銀や大手街の高層ビル街、日本橋や室町の再開発を俯瞰しながら足元の隙間から日本橋自体も垣間見ることができる。

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*写真:Google Earth

2. 東京G-LINE 1.0へのアクセスを3箇所確保できる
このルートでは、以下の様に前後の自動車の出入り口、そして既存ネットワークへの連結を保ちつつ、「東京G-LINE 1.0」への人々のアクセスも神田橋、呉服橋、そして江戸橋と3箇所確保できる。勾配は少しキツイとしてもランプであるため、バリアフリーであり、 エレベーターや階段など余計な施設は必要ない。また、アクセスポイントも大手町、八重洲、日本橋/室町、と人々の主要動線と重なる。

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*ベース地図:首都高速道路株式会社


そして、奇しくも、これは現在地下化が検討されている部分と全く同じ部分である。

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*資料:国土交通省 首都高日本橋地下化検討会

 

「東京G-LINE 1.0」から世界を先導するレガシーへ


このようにTDM推進計画の一部として「東京G-LINE 1.0」のようなインパクトの強いイベントや「未来のモビリティーテクノロジーコンペ」を同時に行うことよって、認知度向上、協力機運の醸成、幅広い分野の人々を巻き込んだムーブメント化を引き起こすことができ、幅広い広報活動の展開も含めて、現在のTDM推進計画が目指している目標に対しても全てがプラスに働くのではないだろうか。

ムーブメントを起こすのであれば、TDMを推進する上で「あなたの協力がなければ交通がパンクするので、是非ご協力下さい。」というスタンスでなく、「あなたのご協力で東京が未来に向けてこんなに面白い街になり、様々な社会問題を解決します。そして、あなたが直接貢献できるチャンスを提供します。」というギブ・アンド・テイクが必要であろう。そのプラスの部分が見えることが大事であって、ムーブメントを起こすには、ポジティブでワクワクするようなイメージしやすいビジョンが必要なのではないだろうか。

この実験により、都心環状線の交通量と周辺高速道路、そして一般道路の交通量の変化を検証し、その後PDCAサイクルとして繰り返し実験。可能そうであれば、「東京G-LINE 2.0」として都心環状線全面通行止めを行い、その結果を踏まえて、東京2020大会において都心環状線をオリンピック・ルート・ネットワーク専用とし、その半分を「東京G-LINE 3.0」として世界に本格的に発表する、ということができれば、新しい都市のあり方、新しい持続可能都市、新しい交通手段、新しいライフスタイル、新しい働き方、全てにおいて後世に誇れるレガシーが残せるのではないだろうか。ここまで来れば、「東京G-LINE」は単なる公園ではなく未来都市を支えるインフラとなる。


IOCは、「スポーツ」「文化」に加え、「環境」をオリ ンピック精神の第三の柱とし、オリンピックにおける持続可能性の重視を明確化しており、同時に未来の都市に残すレガシーを整備することを推奨している。それに対して、現在東京2020大会の提案しているのは、公共交通機関を最大限活用しつつ、啓発活動の徹底によるエコドライブの推進等により、CO2 排出量削減に取組むこと、高い水準のユニバーサルデザインを推進すること、そして、働き方改革である。

未来に対する日本の取り組みを世界に発表するこの一大チャンスにおいて、東京2020大会のこの解答はあまりにも弱い。TDM推進活動などを通じて時差Bizやテレワークなど、新しい働き方を未来のライフスタイルとして定着さることをレガシーとして、これまでの戦後変わらなかった様々な慣習を見直すことで、より持続可能な社会の確立を目指しているとしているが、Weworkなどのシェアオフィスネットワークの躍進を見れば、世界的には既に当たり前になりつつあることに対して、やっと日本も動き出したようなものである。

1964年のレガシーである新幹線や高速道路は、その後急速に発展した高速鉄道網と車社会を先取りしたものであり、正に未来都市の誕生であり、世界はそれに驚愕した。東京2020大会においても、未来の都市のあり方を先取りした決定的なインパクトを持ったレガシーを考える必要があるのではないだろうか。


パリ協定で世界各国が二酸化炭素の排出量を減らすことを公約しているが、その数値を見てもいまいちピンと来ないのが正直なところだろう。しかし例えば、「東京は世界に先駆けて2040年までに都内の自動車交通量を半分にすると同時に、新しい未来のモビリティーのあり方、都市のあり方、ライフスタイルのあり方を提唱する。そのためのイノベーション、テクノロジー開発を国を持って支援する。」と発表し、「その象徴としてイノベーション特区の東京G-LINEを整備する。」ということができれば、これ以上ないインパクトと世界が驚くレガシーが残せ、世界が東京を後追いするようになるのではないだろうか。もう二度とないかもしれない、せっかくの東京2020大会、後世が誇れるレガシーを残せることを願っている。